一つには、南と北にまったく独自の民族がその歴史を刻んでいて、その一方は明治政府の同化政策で歴史や文化をあっという間に衰亡させられ、もう一方は開発振興の名の下、莫大な投資と本土資本の流入で、かつての海岸線は消え、その本来の文化も忘れ去られようとしているという、時期こそ異なれ相似的な歩みを見せていることが、私にとって示唆的だったからだ。
若者はもはや方言を知らず、琉球の歴史や文化も知らない。BEGINを始め様々なアーチストを輩出している沖縄だが、かつて様々な民謡歌手や民謡のグループが、それこそ雨後のタケノコのごとく登場し、またウチナー芝居興行を触れ歩く宣伝カーが町を流してゆく情景があったことを、おそらく知らないだろう。ほんの40年ほど前のことである。
完全に方言で構成された『ハイサイおじさん』と、そのほとんどを共通語で書かれた『島人ぬ宝』の落差こそが、おそらくそのような歴史的変遷を象徴している。そして、『ハイサイおじさん』が単にリズムで日本中を席巻したのに対し、『島人ぬ宝』が単なる南洋的世界への郷愁で人々に受け入れられたに過ぎぬことは、やはり日本文化の中における琉球と沖縄を象徴しているように見える。それは、旧来の琉球文化と復帰後の沖縄文化がどのように日本文化に入り込んで行き得るか、という筋道をも示していよう。
そして現在、教育者は単に成績だけを問題とし、琉球文化など彼ら自身知らないし、平均的日本人たらんと懸命になっている。かつて脱亜論を唱えて西欧化を目指した明治時代のごとく、脱琉球を目指して躍起になっているかのようだ。これもまた不思議な歴史のアナロジーである。
方言という土台は完全に廃れつつあるのに、エイサーのような風景としての芸能が、そのエイサーで歌われている方言の歌詞などまるで理解することもなく伝承されていく。これは、私からしたら異様な風景だ。今でも着物を着け刀を差して歩けば、一応サムライに見えるというような、滑稽な風景に過ぎないからだ。
形だけのサムライに意味が無いように、形だけのエイサーには、もはや文化としての意味はない。おそらく、方言の歌詞によらない楽曲、例えばロックや他のポップスによるエイサーを、すぐに招き寄せるようになるだろう。琉球文化という土台の喪失、内実の変質、拡散を、復帰後の沖縄文化は如実に示しているのではないか。
なお、復帰までの在りようを琉球文化、復帰後の振る舞いを沖縄文化というように名付けてみたのは、私の単なる思いつきだ。一般的概念ではないので、余計なお世話かも知れないが、真似しない方が無難である。ただし、そう名付けたくなるほど、復帰後大きな変化があったことは、誰しも認めるところだろう。
『アイヌ神謡集』を取り上げるつもりが、ちょっと横道にそれてしまった。そのような、日本文化への画一化の中で置き去りにされ、忘れ去られていく気配を、私自身が沖縄の中で感じているので、少々長くなってしまった。私が心惹かれたのは、『アイヌ神謡集』の様々な謡が、アイヌ民族の生きていた世界を思考の枠組みとして示している、というように感じられたことだ。これは、重要な事かも知れない。
「梟の神が自ら歌った謡」というのが興味深かった。梟が、アイヌの人々の飢餓を憂え、天国への談判の使者を捜していた。鴉(カラス)とカケスが名乗り出るのだが、談判の内容を言付けているときに居眠りしてしまい、怒った梟はカラスやカケスを殺してしまう。最後に名乗り出たカワガラスが、その大役を見事にやり遂げる。カワガラスは天国から帰り、返し談判(天の神たちの反論)を述べる。地上に飢餓をもたらしたのは、獲物の鹿や魚に対する人間の扱いが、あまりにひどいものだったからだと。そこで梟は人々の夢の中で、獲物を粗末に扱うようなことをしないよう教える。すると天の神々も人々を許し、それからは鹿も魚も捕れるようになり、人間の守護神として頑張ってきた年老いた梟も、素晴らしい後継者が出来て心置きなく天国へ旅立つ、という筋である。
とても面白かった。なぜカラスやカケスは梟から認められずに殺され、カワガラスは使者として認められたのか。おそらく、カラスやカケスに対するアイヌの人々の共同の観念を、それは象徴しているだろう。カラスやカケスはカワガラスに比べるとかなり大きく、アイヌの人々と魚を巡って競合する関係にあったのかも知れない。すると、どうしてもよからぬ鳥というように意識された可能性がある。
獲物を粗末に扱うことが、どうして忌むべきことになるのか。これは、『アイヌ神謡集』という資料しか手元に無い以上、憶測としてのみ言えることだが、自然採集経済においては、獲物を手に入れることがなかなか困難なことであることが想像され、そのまれにしか手に入らない獲物を感謝をもって遇することがなければ、それは神に対する冒とくだと感じられたのではないか。
あるいは、何日も獲物が手に入らない状況がある時、その原因を考えた時に、以前捕った獲物への対し方が悪かったのでは、それが神の機嫌を損ねたのでは、というような考えが生まれることも想定出来る。それもまた、自然採集経済の極めて不安定な捕獲状況を反映する観念としてあるだろう。
さらに、それを梟が人々に伝える時、夢という世界を利用するのも面白い。うつつの世界とは異なり、夢の世界が、そのような霊的宣託の場所としてあることは、アイヌの人々に限らず、様々な神話に現れる普遍的なものではなかろうか。そんな夢の世界を操るものとしての梟というのも、その夜行性という習性から極めて自然なように思える。
謡の全体が、神々と人々、それを繋いでいる存在という枠組みであることは、アイヌの人々の世界観を如実に示すものだろう。アイヌの人々にとって、世界は、神々と人々の二層構造と、それを媒介するものたちとして感じられている。
ところで、アイヌの社会において、たとえば沖縄のノロのような存在はあるのだろうか。沖縄のノロは、いうなればこの謡の中の梟のような存在で、神と人を仲立ちするものとしてある。ひょっとしたら、そのような霊的世界への仲介者という社会的役割が生まれ、定着するのは、人類の歴史という点からしたら、わりと新しいことなのかも知れない。そもそもの出発点は、梟のような鳥や獣のある特定の種が、何らかの理由で、そのような神と人を媒介するものとして想定されたのではないか。
たとえば卑弥呼のような存在が生まれるのは、農耕社会がすでに実現し、社会内である程度の分業が始まっていることを前提とするのだろう。それ以前、例えば縄文初期の自然採集経済の人々は、アイヌの人々のような観念世界を持っていた可能性はないだろうか。これは、私にとって少々刺激的な考えだ。このアイヌ神謡の世界が、邪馬台国以前の、より古層を示しているかも知れないからだ。
なお沖縄には、鳥が屋敷や家の中に飛び込んできたりすると、何かの霊的な知らせ、予兆と考えてユタのところへ出掛けるということがあった。まあ、私の母の世代の考えであり、すでに廃れつつあるか、もしくは廃れてしまったかも知れない。いずれにせよ、鳥類が何らかの“知らせ”をもたらす存在と想定されているとしたら、これはアイヌの神謡に通ずる観念である。その点でも少々興味深いことだった。
このようなアイヌ神謡の世界は、現在どのように研究されているのだろう。国文学に長いこと関わってきて、そこそこいろんな本を読んできたつもりだが、アイヌの伝承世界については、残念ながら私の視野には入って来ない。あるいは、北海道のごくごく一部で、細々と研究されているのだろうか。
もしそうだとしたら、これは極めて残念なことである。アイヌの人々の観念世界を解明することで、今までとはまるで違う古代史研究の世界が拓けるかも知れないからだ。むろんこれは、『おもろさうし』や宮古八重山の古謡の世界を解明する意義にも通じていることだ。
八重山古謡を読んでいると、ちょっとその根拠の理解し難い世界が現れ、不思議な思いにとらわれることがある。そのような世界は、おそらく、人類の最も古い観念世界を表象するものとしてあるのだろう。例えば女性が男性の求婚を拒否して山に逃れ、そこで死んでしまうのだが、その死体から木が生えてきて、それを船材としたなどというイメージは、私にはとてもその由来、根拠を理解し難いものだった。
女性が木になるというのは、死体ではないが、ギリシャ神話に、アポロンに追いかけられたダフネが月桂樹の木に変身するという話がある。女性が木に生まれ変わるという枠組みとしては共通の、何らかの意味を秘めた話である可能性があろう。日本書紀にも、稚産霊(わくむすひ)なる神の頭から蚕と桑が生まれ、臍の中に五穀が生まれたという記述があるという。(ホームページ「稲荷信仰」)
北と南に、解明すべき重要な世界が、未だ手つかずのまま残っているように思う。のらくら生きている私だが、そのような世界に少しずつだが接近してみたいと考えている。


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